画像1












旧郵便局をホテルに改装したフラトンホテルでハイティーをしました。
画像3















現在では優雅なホテルですが、
第2次世界大戦中は日本軍のシンガポール
の総司令塔として使用された建物です。
日本軍がこちらの建物を占領するに
あたり、シンガポール人の犠牲者も
多数でています。

当時、イギリスが統治していたシンガポール、
イギリス軍は海側から日本軍が攻めてくると
思って、大砲を海側に向けています。
予想を反して日本軍は自転車でマレー
半島を下ってくるのです。

マレーシアに日本軍と契約した村が
あり、ひたすら自転車を作り続けたのです。
まさか後ろから来るなんて・・・・
とびっくりしたのはイギリス軍です。
画像1















シンガポールで眠る日本兵の
墓地がひっそりとシンガポールにあります。

主人の実家のお仏壇には戦争で亡くなった
若い男性の遺影があります。
義父いわく、どこで亡くなったのか不明だとか。

私の祖母の弟たちは東南アジアのどこかで
眠っていると祖母が悲しそうに言っていました。

シンガポールに旅行する機会があったら、
遠い遠いシンガポールまで来て命を
落とした日本人、また犠牲になったシンガポール人が
沢山いることを感じてもらえれば・・・・

そして、シンガポールにはRed hill という駅があります。
これは戦争中の激しい戦いにより、血で丘が赤く染まった
地だからだそうです。

終戦後、シンガポールにイギリス軍がまた統治の
ために戻ってきます。
ただ、シンガポール人はここで、もう統治される
のは嫌だと独立へと向かいます。

シンガポールは今年で48歳とても若い国です。
シンガポールでは
have you makan ? ご飯食べた?とよく聞かれます。
それは数十年前まで3食食べることができない
国であって、この発展はほんとつい最近だと
いうことなんです。
画像2















最後に日焼けして真っ黒な主人です。。。。